総長スピーチ集総長紹介

総長のスピーチやメッセージをご紹介します。

2025年度

新入生の皆さんへ(2025年度入学式(春季))
2025年4月3日、4日
立教大学総長 西原 廉太

新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。立教大学は、みなさんと共に迎える春を心待ちにしておりました。あらためて、みなさんのご入学を心より祝福したいと思います。

立教大学は、1874年にアメリカの聖公会からの宣教師であったチャニング?ムーア?ウィリアムズ主教が東京?築地に「立教学校」(St. Paul’s School)を創設してから、昨年で150年を迎えました。ウィリアムズ主教は、当時の「実利主義」や、知識、技術を物質的な繁栄と立身出世の道具とする日本の風潮とは明確な一線を画して、立教を「キリスト教に基づく真の人間教育を行う場」と位置づけました。それ以来、立教大学は、徹底して本物のリベラルアーツを大切にしてまいりました。その本質とは、人間が生きていく上で本当に必要な「智」、他者の痛みに共感し、共苦できる「感性」、世界史的、人類史的な「世界観」と「歴史認識」、多文化世界に生きることのできる「国際性」を身につけることにあります。

立教大学がこれからの4年間、全学をあげてみなさんに伝えていくのは、この本物のリベラルアーツです。リベラルアーツは単なる「教養」ではありません。最近は「ファスト教養」という言葉も聞かれるようになりました。「10分で分かる何々」といった、コスパ良く教養を得ようとするニーズは確かに高いようです。みなさんも何かを知りたいと思った時に、すぐにインターネットで検索されることがあると思います。決してそのことが悪いわけではありませんし、いわゆるChatGPTなどに代表される生成系AIなどをしっかりと使いこなす術もぜひ身につけていただきたいと思います。

しかしながら、言うまでもありませんが、インターネット上にはフェイク情報が溢れています。ChatGPTは自信満々に嘘をつくことがあります。私が、立教大学の学生となられたみなさんに求めたいことは、手っ取り早く知識を得ようとしたり、鵜呑みにしたりすることなく、自らオリジナルの資料、すなわち第一次資料や原書、原文にあたり、読み、確かめて欲しいということです。そのためには、必要な言語を修得し、異なる文化を理解する必要があります。日本にないものであれば、実際に海外にまで出かけていき、自分の目で確かめなければなりません。

立教大学には池袋キャンパスにも、新座キャンパスにも日本の大学の中でも有数の図書館があります。早朝から夜遅くまで開館しています。みなさんには、ぜひ立教大学の図書館をフルに活用していただきたいと願います。実際に本を手に取ることはもちろんですが、人類の知の集積である本に囲まれながら、さまざまなことを思い巡らすということもお勧めします。それはまさしく学生時代にしかできない贅沢な時間です。

みなさんはこの立教大学で本物のリベラルアーツを修得し、論理的思考力、課題発見力、未来社会の構想力を身につけてください。それは、みなさんが生涯にわたって学び続けるための土台作りでもあり、言い換えれば、みなさんが一生の間、持ち続ける人間としての芯を形作る学びであり、社会の大きな見取り図、羅針盤を自分の中に持つことです。いわゆる「常識」「定説」を疑い、「権威」を問い、相対化させること。「なぜ」と問いかける批判的精神を形成することでもあります。批判すること、批判されることを恐れず、真理とは何かにこだわり続けること。自己の存在を知り、他者の存在に気づき、人間を学び、世界を読み解くことです。

予測不可能と言われる今の時代、社会が最も求めるのは、まさしくこのような力と感性を持っている者たちであることは間違いありません。社会の複雑化とグローバル化による社会変化とは、実は価値を測る「物差し」が増えるということでもあります。固定化された一つの「物差し」では、もはや生きていくことはできない時代に、みなさんは突入しています。異なる価値観や考え方を理解するために、立教大学で、ぜひ、自分の中の「物差し」を増やしていってください。

さて、みなさんが今お持ちの式次第をご覧ください。そこには立教大学のシンボルマーク、校章が描かれています。真ん中に置かれている本は、聖書です。そして聖書の上に何か文字が書かれていますね。それはこういう言葉です。“Pro Deo et Patria”。これこそが立教大学の「建学の精神」を表す言葉です。“Pro Deo et Patria”とはラテン語で、Proは「~のため」、Deoは神、etは英語の“and”、Patriaは祖国や国という意味ですので、“Pro Deo et Patria”を直訳すると、「神と国のために」ということになります。しかしながらDeoには「普遍的な真理」、Patriaには、「隣人や社会、世界」という内容が含まれています。したがって、“Pro Deo et Patria”が示す本来的な内容とは、普遍的なる真理を探究し、この世界、社会、隣人のために働くこと、となるわけです。普遍的真理を探究し、この世界、社会のために働く者を育てることが、立教大学のまさに「ミッション」(使命)であることを、この建学の標語、“Pro Deo et Patria”は常に私たちに思い起こさせてくれるのです。この“Pro Deo et Patria“という言葉は、みなさんに与えられる「立教大学の学生証」にも刻まれています。

“Pro Deo”、普遍的なる真理を探究することとは、さきほど述べました「本物のリベラルアーツ」を究めることです。そして、“Pro Patria”、隣人、社会、世界に具体的に奉仕する者となるというのは、一人ひとりの「人間の尊厳」を大切にし、他者の痛みに敏感に共感できる者となることです。

この規範の本質について、みなさんにより知っていただくために、ある記事をご紹介したいと思います。ジャーナリストで、作家でもある大谷昭宏さんが、読売新聞の記者をされていた頃に「窓」というコラム欄に書かれたものです。このような記事でした。

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広島の女子高生のA子さんは生まれた後の病いが原因で足が悪くて、平らなところでもドタンバタンと大きな音をたてて歩きます。この高校では毎年7月になると、プールの解禁日にあわせて、クラス対抗リレー大会が開かれます。ひとクラスから男女二人ずつ四人の選手を出して、一人が25メートル泳いで競争します。この高校は生徒の自主性を非常に尊重し、生徒たちだけで自由にやるという水泳大会で、その年も、各クラスで選手を決めることになりました。

A子さんのクラスでは男子二人、女子一人は決まったのですが、残る女子一人が決まらなかった。そこで、早く帰りたくてしょうがないそのクラスのいじめっ子が、「A子はこの3年間体育祭にも出ていないし、水泳大会にも出ていない。何もクラスのことをしていないじゃないか。三年の最後なんだから、A子に泳いでもらったらいいじゃないか」と意地の悪いことをいいました。

A子さんは誰かが味方してくれるだろうと思いましたが、女の子が言えば自分が泳がなければならないし、男の子が言えばいじめっ子のグループからいじめられることになり、誰も味方してくれませんでした。結局そのまま泳げないA子さんが選手に決まりました。

家に帰りA子さんは、お母さんに泣いて相談しました。ところが、いつもはやさしいお母さんですが、この日ばかりは違いました。

「お前は、来年大学に行かずに就職するって言ってるけど、課長さんとか係長さんからお前ができない仕事を言われたら、今度はお母さんが『うちの子にこんな仕事をさせないでください』と言いに行くの?たまには、そこまで言われたら『いいわ、私、泳いでやる。言っとくけど、うちのクラスは今年は全校でビリよ』と、三年間で一回くらい言い返してきたらどうなの」とものすごく怒ります。

A子さんは泣きながら、25メートルを歩く決心をし、そのことをお母さんに告げようとしてびっくりしました。仏間でお母さんが髪を振り乱し、「A子を強い子にしてください」と必死に仏壇に向って祈っていたのです。

水泳大会の日、水中を歩くA子さんを見て、まわりから、わあわあと奇声や笑い声が聞こえてきます。彼女がやっとプールの中ほどまで進んだその時でした。

一人の男の人が背広を着たままプールに飛び込みA子さんの横を一緒に歩き始めた。それは、この高校の校長先生だったのです。

「何分かかってもいい。先生が一緒に歩いてあげるから、ゴールまで歩きなさい。はずかしいことじゃない。自分の足で歩きなさい」と励まされた。

一瞬にして、奇声や笑い声は消え、みんなが声を出して彼女を応援しはじめた。長い時間をかけて彼女が25メートルを歩き終わったとき、友達も先生もそして、いじめていた子たちもみんな泣いていました。
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私たちが、この物語から学ぶことは、「私が一緒に歩くから、自分の足で歩きなさい」ということの大切さです。“Pro Patria”、隣人、社会、世界に具体的に奉仕する者となること、一人ひとりの「人間の尊厳」を大切にすることの原点とは、生き辛さや、痛み、悲しみをかかえている人、居場所を見失った人に、私はあなたと共にいると告げることに他なりません。

立教大学の全教員、全職員は、みなさんの一人ひとりを、かけがえのない存在として、大切にし、必ず一緒に歩きます。そして、みなさんもまた、このような愛をもって、他者のために、他者と共に生き、その尊厳を限りなく尊ぶ者となっていただきたいと思います。

これからのみなさんの立教大学での学びと生活が豊かに恵まれたものとなりますよう、お祈りしつつ、訓示とさせていただきます。
総長就任にあたって(2025年4月1日 第23代総長就任宣誓式)
2021年4月に、第22代立教大学総長に就任してから、早いもので4年が過ぎようとしております。この間、さまざまな課題に常に直面してまいりましたが、みなさんのお力添えのおかげでここまで来ることができました。なにより、立教につらなるすべての方々と共に創立150周年を迎え、そして互いに祝福できましたことは、私の人生において忘れることのできない大切な記憶となりました。本日、ただいまの宣誓式をもって、あらためて、立教大学第23代総長に任じられ、身が引き締まる思いです。

4年前に私が総長の仕事を始める際にお示しした「大学運営の基本方針2021-2024」では、2つの重点政策及び、8つの政策の柱を立て、大学運営に取り組んでまいりました。その結果、みなさんと力を合わせたからこそ、実現に至ることができた取り組みや事業、さらには仕組みづくりの成果が数多くありました。舵取りをする中で、まさしく嵐のような難局にも直面しましたが、なんとかその都度、乗り越えてこられたのも、誠実かつ有能な教員、職員のみなさんのお支えがあったからにほかなりません。それは、<ALL立教>の価値や尊さをまさに体感するプロセスでもありました。

しかし、その一方で、高等教育のみならず、世界?社会を取り巻く状況はさらに不透明さと厳しさを増しており、この4年間、全力で取り組んだことへの達成感を感じる傍らで、まだ具現化に至っていないこと、未完に終わっていることも多数あり、責任をもって仕上げていかなければならいと痛感しています。内外の環境がさらに大きく変化する中で、創立150年を超えた立教大学の未来を見据えて、普遍的真理を探究し続け、続く時代の、世界、社会に貢献できる人々を生み育てるという使命のために邁進しなければなりません。「建学の精神」を再確認しつつ、時間と空間を超えて、人と人をつなぎ、世界につながる大学であることを大切にしながら、教える者と学ぶ者、そして、それを助ける者が、真に「誇れる大学」へと不断に変革してまいります。

いわゆる大学カテゴリーの類いに縛られることなく、日本で、さらには世界で輝くオンリーワンの大学となることを目標とします。立教大学がこの150年間大切にしてきた立教大学が誇るリベラルアーツ教育をさらに高度化しながら、みなさんと力を合わせて、新たな展開、改革に大胆に取り組み、ALL立教の智恵と活力を結集することにより、<Global Liberal Arts & Sciences>を究める大学へと進化させてまいります。

最後に、あらためて、米国の神学者、ラインホルド?ニーバーの祈りに聴きながら、私の立教大学第23代総長就任の挨拶とさせていただきます。


神よ、変えるべきものを変える勇気と
変えてはならないものを受け入れる冷静さと
そしてその両者を見分ける知恵を、私たちに与えてください

アーメン

2021~2024年度

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